平成26年度 商工会青年員部員研修会(主張発表大会編)

平成26年6月11日(火)、石巻市河北総合センター「ビックバン」にて開催された『商工会青年部員研修会』。

オープニングがつつがなく終了した後は、14:10よりいよいよ『第21回商工会青年部主張発表大会』となりました。

県内5ブロックの代表による主張発表大会は毎年、多くの部員の関心を集め、また感動を与えております。

最優秀賞を受賞された方は、今年は秋田県で開催される東北六県・北海道主張発表大会に出場することになりますが、

果たしてどのブロックどの人が最優秀賞に輝くでしょうか?

 

各ブロック代表の発表者の皆様です。緊張の趣があるでしょうか!?

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それぞれのブロックからの応援も華やかに主張発表大会は進みました^^

 

 

初の発表者は、三陸ブロック代表・東松島商工会青年部副部長の大橋諒さんでした。

大橋さんは、(有)おおはしコーポレーションとしてWebコンサルタント業を営まれております。

「青年部活動と地域振興・まちづくり~青年部活動がもたらしてくれた仲間と地域への想い~」と題しての発表でした。

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(要旨)

始めに、本日ここに自分の考えを発表する機会を設けて頂いた事に感謝申し上げます。

青年部活動を振り返る良い機会となりました。

私は東松島市商工会青年部の副部長を務めております。

東松島市は航空自衛隊の基地のある街で、毎年夏には東松島夏まつりでブルーインパルスが飛ぶ。

農産物や水産物にも恵まれている。

私が青年部と出合ったのは二十歳の時、父を通して誘いがあった。

何も分からずに入部したが、自分と同じ二代目の方々に会ってみたいという気持ちと、当時の部長の熱意で入った。

初めての会議は訳が分からなかったが、終わった後の懇親会の席で青年部活動について教えて頂いた。

入部後、航空祭などの青年部活動に積極的に参加する。青年部の仲間は大事、私の宝である。

昨年の夏まつりは「若い人でやってみろ」の声で青年部が企画する事になった。

青年部として2~3万人規模の祭りを運営するのは初めてであった。

不安も多かったが、ヒントは遠く離れた宮崎県新富町商工会青年部、東松島市商工会青年部とは姉妹青年部の関係があり何度も東松島に来られている

その新富町青年部の組織を参考に、農協、漁協と共に実行委員会を作り、祭りを企画し、「みんなではしゃぐべ夏まつり」のコンセプトで実行した。

結果は4万人と過去最高の動員があり、また商工会の枠を超えた組織作りが出来た。

今後の課題は、会場となっている地元商店街の活性化である。

 

 

2番目の発表者は、大崎ブロック代表・遠田商工会青年部常任委員の菅野文彦さんでした。

菅野さんは、(有)菅野電気として電気工事業を営まれております。

「青年部活動に参加して~Let's コミュニケーション」と題しての発表でした。

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(要旨)

私の住む涌谷町は日本で初めて金が採掘された歴史のある町。

私はその涌谷の電気屋の三代目として生まれる。高卒後、修業を経て家業を継いだ。

父に電気以外での相談や発注が来ることに気付き、自分もこの田舎町で皆に必要とされる存在になりたいと願うもやり方が分からなかった。

一年後、商工会に行った時に先輩から青年部への入部を薦められ、青年部こそが自分が探し求めていた理想を実現できる場所と思い入部した。

それまで毎日同じルーチンワークをしていただけの私にとっては、新鮮な事業をこなしていく事となった。

「地域の為に貢献したい」、「自分の町を良くしたい」、「青年部活動を自分の商売に繋げたい」など思いは色々だが、そんな思いを持つ同志との語り合いは楽しく、一緒に意見を出し合い、夢を語ればそれが実現すると思えるようになった。

そして、その考えは今まで乗り気ではなかった家業においても、地域やお客様の役に立ちたいという思いが募るようになり仕事が楽しくなった。

青年部に限らず人との出会いは大事、特に自分と気が合わなそうな人との話は、自分が知らない事を教えて頂ける。

人との繫がりはただ町に居るだけでは駄目。

地域の人達と触れ合い、助け合って行く、引いては日本の原動力となりましょう。

 

 

3番目の発表者は、栗原・登米ブロック代表・みやぎ北上商工会青年部の後藤義温(よしはる)さんでした。

後藤さんは、(有)後藤工業として建設業を営まれております。

「青年部活動と地域振興・まちづくり~八月第一土曜日から学んだこと~」と題しての発表でした。

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(要旨)

私は元々"文化祭男"と呼ばれる程のお祭り男の部類で、地域の行事があると呼ばれなくても喜んで参加する男だった。青年部活動に参加するようになったのも、町のお祭りに参加して楽しみたかったからが動機であった。

私が、登米市中田町に事業所を構える後藤工業という、父が経営する水道工事業をメインとした建設業の会社に戻ってきたのは10年前であったが、当時は乗り気にはなれず仕事は投げやりだった。そんなモチベーションで仕事に就いても失敗する事が多く、更には先輩の職人さんとも馬が合わず酷いものだった。何の目標もなく、実家を再就職先くらいにしか考えてなかったので、失敗や周りとの不調和が生じた。

そんなうだつの上がらない日々を過ごしていたある日、当時の青年部部長からの声掛けを頂き青年部に入部したが、参加してみると学ぶ事が非常に多い。

中でも当青年部活動のメイン行事「とよま明治村夏まつり」に青年部として関わる内に、社会人として多くを学ぶようになった。毎年八月の第一土曜日に地域の幅広い年齢層の方々に楽しんで頂く事を目的とした夏の恒例行事、明治村夏まつりは、企画・運営・協賛金集めの一切を青年部で行って開催している。年々内容に少しずつのテスト調整を加えながら今年まで引き継いできた。

明治村夏まつりに参加する事によって、先ずは町の歴史から学ぶようになる。登米町では30年前まで北上川から打ち上げられる花火大会が開かれていた。私も子供の頃の記憶として鮮明に覚えている。その花火大会が30年前に諸事業によりなくなり、代わりとして始まったのが明治村夏まつりだったと諸先輩方から教えられ、また先輩方の地域に対する思い出や情熱を知り、文化祭に参加するような軽い乗りで青年部活動に関われないと思うようになる。

その他にも、「人とお金のありがたさ」をこの夏まつり事業で気付き学ばされた。お祭りの出店の売上や協賛金から利益が残っているかという興味、普段の仕事ではそれほど売上の事は気にしないで現場を回っていたが、自分達で主催したお祭りとなると赤字を出さないようにと必至になって取り組む、仲間とトコトン良いものを創ろうとする取り組みをする、人員不足となるとOBの方々等に頭を下げて協力を依頼する、こういった経験の積み重ねからも「人とお金のありがたさ」を学んだりした。

会社の経営もお祭りの主催もやっている事は同じはずなのに、私の場合はお祭りでは出来る事が本業では出来てなかった。そんな自分に気付いた、そのお自分に足りなかった所を気付かせ成長させてくれたのが、青年部活動で得た経験値。

今年の明治村夏まつりは30回目の記念祭でもある。ちょっと残念なのは、予算の関係上、30回目だからといって特段多くの企画を盛り込めるわけではない。しかし、30年前の子供だった私を楽しませてくれたこの夏まつり、今度は私達が自分や地域の子供達を楽しませる側として、精一杯のサプライズを考え提供したいと考える。

これからも商工人として、また地域のリーダー同士として、だからと言って気負わず地味でも良いので町の人達から当てにされる地域人でいようではありませんか!

 

 

4番目の発表者は、仙南ブロック代表・七ヶ宿商工会青年部副部長の山田岳彦さんでした。

山田さんは、(株)ゆのはら農産として、芭蕉庵というそば店の後継者として飲食業を営まれております。

「青年部活動に参加して~青年部での出会いが地域に夢を与えてくれた~」と題しての発表でした。

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ネタバレしますと、今回の主張発表大会で最優秀賞を受賞されたのは山田さんでした。

なので、まだ先があるので、山田さんの発表内容の詳細は東北六県・北海道大会

(そこでも最優秀賞を受賞されたりしたら全国大会)の後に綴らせて頂くとして、

この記事では発表内容を大きく掻い摘んで紹介させて頂きたいと思います。

(簡略要旨)

私の住む七ヶ宿は、歴史を感じる町、水源の町であるが、現状は深刻な過疎に直面し、限界集落の一歩手前である。

その七ヶ宿で父が創業した手打ちそば店を継ぎ、やがて七ヶ宿町商工会青年部にも入部することになる。

入部後はいい先輩に恵まれ、また研修会などで外に出るた度にやはり凄い先輩に出会い、意識が変わっていくようになる。

隣町の合同研修会にて、講師の先生から七ヶ宿のポテンシャルに気付かされ、新しい事業に取り組み成功したのだった。

仕事を始めた当初は過疎の町七ヶ宿で仕事があるだけで幸せという守りの姿勢だったが、青年部での様々な出会いや気付きを通し守りから挑戦し創り出していくという姿勢に変わった。

若い人にも私と同じ様な体験をどんどんして頂き、町を思う人を増やして行けば、七ヶ宿は限界集落ではなく魅力ある町になる。

七ヶ宿は限界集落などではない、未来がある!夢が描ける!

 

>山田さんの発表内容の詳細は東北六県・北海道大会(そこでも最優秀賞を受賞されたりしたら全国大会)の後に綴らせて頂くとして

山田さんは全国大会でも見事、最優秀賞を受賞されました。

ここで、今まで封印していた県大会の時の動画をアップ致します。

 

 

最後の発表者は、中央ブロック代表・利府松島商工会青年部常任委員の小野博基さんでした。

小野さんは、(株)旅館大松荘として宿泊業を営まれております。

「青年部活動に参加して~地域に根ざした「最高の経営者」を目指して~」と題しての発表でした。

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(要旨)

「われわれ商工会青年部は、創造力と行動力をいかし、地域振興発展の先駆者となる」皆様ご存知の商工会青年部の誓いの言葉です。この誓いの言葉は青年部総会時に皆で斉唱しており、私が先導役を仰せつかっている。入部当初はこの言葉の意味をイマイチ理解していない自分だったが、現在はこれを肝に銘じて活動してる。

私が生活しているのは日本三景の一つ、松島町。風光明媚で瑞巌寺などの歴史もあり、全国から多くの来客がある。しかし、少子高齢化や人口の減少など、大きな社会問題を抱えている。

私が営んでいるホテルは、初代会長の理念である「地域の人々に愛され、喜ばれる経営」を受け継ぎ、旅館の原点を守って先代の思いを持ちながら三代目として経営できるよう努力していた所だった。

その様な折、青年部の存在を知り、スキルアップや若い仲間を作りたいと思い入部する。実は東日本大震災の僅か四日前の入部であった。

3月11日の大震災は立ってられない程の長い揺れの後、直ぐに大津波警報が発令された。観光地松島は、町民のみならず、観光客も守る責任がある。当ホテルも松島町の指定避難所となり、近隣住民だけではなく多くの観光客も避難され、140名の避難者で溢れかえった。発生直後は炊き出しを行ったが、3~4日経ち次第にお米がなくなってきた所に、情報を聞きつけた青年部の仲間が、瓦礫に埋もれた悪路の中ホテルにおにぎりを届けてくれた。あの時の仲間の顔は決して忘れられない、同時に青年部の絆の強さを実感出来た。

震災以降、部員の人達は消防団やボランティアの仕事をしてきたが、それも落ち着いてきた約一ヵ月後、青年部として避難所にいる方々に何か出来る事はないかと皆が考え始めた。青年部には弁護士、行政書士、土地・家屋調査士、ケアマネーシャーがいるので、ボランティアで避難所の方々への法的な相談会を開催した。また、電気店部員による避難所への洗濯機の提供や、接骨院部員による避難民の身体のケアも併せて行った。

各避難所の多くの方々より感謝の言葉を頂いた。青年部だからこその創造力と行動力を活かした活動となった。

松島は多くの島々に守られているので、他の沿岸部に比べると被害が少なく、徐々に営業再開出来た事業所が増えてはきたが、長期休養を余儀なくされたり、風評被害による観光客の激減などもあり、復興までの険しさを痛感した。そこで、復興をただ待つのではなく、復興のシンボルで町民の気持ちが一つになるものを創りたいですと発言したら、部員から即座に賛同を得、「前進松島」の言葉が生まれた。何があっても前進あるのみ!その文字を松島瑞巌寺の住職、吉田道彦老大師に文字を書いてもらおうという意見が出、その翌日早速吉田老大師に文字を書いて頂きに行った。このスピード感こそが青年部。大師による力強い文字で揮毫して頂いた「前進松島」のポスターを5月上旬には1千枚作成する事が出来た。ポスターが完成した日、多くの店舗を回り掲示して頂いた。店舗だけではなく、町民からの依頼もあり、松島の至る所で「前進松島」の文字を見るようになった。この事が口コミで広まり、多くのマスコミの取材を受け、全国の皆様に松島は頑張っているんだと知って頂く事が出来た。

もう一つ、震災後我々青年部が悩んだ事業が、カップリングパーティーである。真剣に結婚を求める男女の為に開催してきたパーティーであるが、まだ復旧も終わってないので開催して良いものか色々な意見を出し合い悩んだ。松島の実情を見て感じてもらう必要があるとの結論に達し、このパーティーは現在まで6回開催し、6組のカップルがご成婚された。松島町長からも定住化に向けた事業との高い評価を頂いている。出会いの場の提供は勿論の事、日本三景松島を肌で感じてその良さを知ってもらいたいとの思いを持ち、これからも続けて行く。

我々利府松島商工会青年部は、言葉より行動で語るのをモットーとしている。

地域の復興は地域に住む青年部がスピード感を持ち行動する所から始まるのではないか。

私も今回の震災での青年部活動を通して、祖父の企業理念である「地域に人々に愛され喜ばれる企業」を肌で実感する事が出来た。

これからも活動を通して、地域に貢献し、仲間を作り、学び、自己研鑽に努め、人脈を活かし地域の輪をもっと広げ、私の変わらぬ目標である地域に根ざした最高の経営者を目指して行きます!!

 

 

今年の主張発表大会も皆様の事前の準備が素晴らしく、

また自分自身を美辞麗句で飾ったりはしないで、青年部に入部したお陰で己の駄目な部分に気付き

それを克服しようともがきながら成長していく様を赤裸々に語って頂いたりしたので大変感動を覚えました。

そのハイレベルな主張発表大会で最優秀賞を獲得されたのは前述の通り仙南ブロック代表・七ヶ宿町商工会青年部の山田さん、

次点の優秀賞を獲得されたのは中央ブロック代表・利府松島商工会青年部の小野さんでした。

おめでとうございました。

また敢闘賞を受賞されました大橋さん、菅野さん、後藤さんも素晴らしい発表をありがとうございました。

 

※研修会の最後に行われた『主張発表大会講評及び審査結果発表』と『主張発表大会表彰』の様子は次回以降の記事で掲載させて頂きます。

 

この後は10分間の休憩を挟んで、尾出会長と渡辺中小企業診断士が講師を務められた講演がありました。

大変勉強になった良い講演でしたが、それはまた次回の記事に掲載致します(^^ゞ

 

休憩中、利府松島商工会青年部の遠藤部長とお話したんですが、

遠藤部長が語るところによれば「今年の主張発表大会で中央ブロックの発表順番がうちに回ってきたわけですが、

最初に発表者の立候補を募ったら小野君が手を挙げました。小野君は元々が引っ込み思案で人前で話すのが苦手なんですが、

そんな自分を変えたいという自らの希望で立候補したんですよ。その小野君の行動を見たうちの若手が刺激を受けて、

今うちの青年部はやる気が溢れる良い雰囲気となっています」との事です(^^

今回の主張発表大会では、発表者の方全員が「青年部に入って凄い先輩、素晴らしい先輩や同志との出会いがあり、

刺激を受けてスイッチが入った」と発表されていましたが、後輩に刺激を与えた小野さんの今回の立候補もまた同じですね(*・∀-)☆

に刺激を与えた方も、刺激を与えられたと気づく事が出来てスイッチが入った方も、どちらも素晴らしいな、

と感じたりした休憩中のエピソードでした。

各単会の各青年部員の皆様もこの主張発表を聞いて感じたものは多かったと思います。

そんな単会と部員の未来に幸あれ!皆様、頑張りましょう!!